比嘉賢多×原將人×MAORI トーク採録「撮るものと撮られるもののライン」

比嘉賢多×原將人×MAORI トーク採録「撮るものと撮られるもののライン」

企画名:風景/映画再考VOL.2「不可視のラインをめぐって」
日時:2016年10月16日(日)
上映作品:『沖縄/大和』『大魂込み』
ゲスト:比嘉賢多(WEBTwitter)、原將人(WEBTwitterFacebook)、MAORI
企画・進行:佐々木友輔

『大魂込み』制作の経緯

佐々木:それではこれからトークを始めたいと思います。まずは『大魂込み』の制作動機と、風景のショットをつないで一つの短編を制作するに至った経緯について教えていただけますか。
比嘉:きっかけは戦後70年美術プロジェクト「すでぃる」です。沖縄の最南端に摩文仁という地があって、沖縄戦が終わった場所と言われているんですけど、今は平和祈念公園ができていて、戦没者の名前を彫った碑があるんですよ。アメリカの人も沖縄の人もすごく調査をして、みんなの名前が載っている。そんな場所でおこなわれる美術展覧会に映像を出してみないかと誘われて、やりますと言ったのは良いんですけど、ではどうするか。作家にとっては心重たいというか、半端な心じゃできないですよね。
映像を撮る人は、今のうちにおじいやおばあの話を聞いて記録しないとみたいな発想が多かったんですよ。でも僕は、語弊があるかもしれないですけど、それはしたくないと思ったんです。戦後70年だからまだ話が聞けるけど、戦後80年、90年になったらもう聞けなくなるじゃないですか。そうなった時に、聞きに行ける人がいないから何も考えられないとなってはいけない。聞けない状態でどれだけ考えられるかを作品制作のスタート地点にしたかったんです。そうすると、おじいやおばあが不在でも残るのはやっぱり風景だから、その風景から70年前にあったことを考えていかなければならないと思いました。
撮影の際は、とにかく不在を凝視するというコンセプトがありました。けっこう決め事もあって、カメラを動かさずフィックスで撮るとか、ズームをしないとか、対象が動いてもそこに後からフォーカスを合わせないとか。RECを押したらもうひたすらファインダーのぞき続ける作業を連続しておこないました。

マブイとウフマブイ

比嘉:もっと観念的なことを言うと、風景の中にある「マブイ」ですね。「魂」は無くなったら死ぬイメージがあると思うんですけど、マブイは地域によって三つ持ってるという所もあるし、七つあるという所もあるんですね。要するにマブイは命ではないけれど非常に大事なもので、その全部を落としたら死んでしまうものです。だから僕の周りでも、マブイを落としたっていう人がけっこういるんですよ。「俺はこの前交通事故でマブイを落としたから、ユタ、霊媒師にマブイを込めてもらったよ」とかいう話を聞くこともよくあります。
けれどこの映画のタイトルは『大魂込み』。「大きな魂」と書いてウフマブイと読みます。これは僕の造語で、落としたらいけないマブイ。つまり命ということです。そのウフマブイを風景の中から吸収するというか、ウフマブイを感じるというか、そういうコンセプトですね。
佐々木:作中には「マブイ吸引機」と「ウフマブイ吸引機」という言葉も出てきましたね。
比嘉:これは『沖縄/大和』ともつながる話です。警察と米軍基地に反対している人たちが怒鳴り合いをして、その怒号の中でフェンスの中から米軍がカメラを回している場面が冒頭にあるんですけど、その場面で僕が個人的に思い出してしまうのが、銃にもカメラにも共通して「ショット」「シュート」という言葉が使われることです。『大魂込み』のナレーションでも「沖縄戦ではウフマブイ吸引機がよく使われたが、現在はマブイ吸引機を使うことが多い」という言い方をしたんですけど、要するに前者は銃で、後者はカメラのことなんですよ。写真を撮ると魂が抜けるとか言いますよね。タマギレ。沖縄では写真を「撮る」ではなくて「抜く」というんです。「写真ぬじゅん」というんです。このように、沖縄の文化的にも「あの機械(カメラ)は魂を抜かれるものだよ」という発想をする土壌がある。魂を風景からすくい取る一方で、銃のように対象を射抜く側面も持っているカメラの二重性を考えながら撮影をしたんですよ。
MAORI:吸引されたマブイたちはどうなるんですか?
比嘉:吸引したものは返さないといけないと思っているんですけどね。おそらくスクリーンに映すことが、ある意味ではマブイを返す行為なのかなと思うんですけど、風景を尊重するなら、やっぱりもともとあった所に返すべきだなと。だから僕、風景に見せるというわけじゃないですけど、たまに撮影が終わった後にその場でテープを再生したりすることもありますよ。

人を撮る感覚、風景を撮る感覚

比嘉:月並みな言い方かもしれないですけど、僕にとって風景は、誰にも許可をとらないで撮れるものなんです。だから、人を撮る時と風景を撮る時の感覚の違いも、許可をとって撮るかどうかの違いなのかなと思ったりするんですけど。
ただし風景を撮っているつもりでも、人が住んでいる場所に近づくと、カメラに近づいて話しかけてくる人がいたり、動物もカメラを意識しているんじゃないかというような振る舞いを見せたりする。するとどうしても、風景を選んでRECを押す自分自身を省みて、自責の念というか、自分のやっていることには意味があるのかという気持ちになります。『沖縄/大和』も同じで、自分以外の他者や社会にカメラを向けながら、終わりに近づくに従って「自分はどうなの?」と、他に対してかけたアプローチが自分に返ってくるんです。
佐々木:『大魂込み』の前半は無人の風景が中心で、時々動物は映り込むけれどかなり静かなショットが続きますが、次第に画面の中に人が増えてくるような構成になっていますよね。これは、今のお話にあった撮影中の発見の反映なのでしょうか。
比嘉:撮影の段階でそういう構成を考えていたわけではなく、編集で決めたことです。沖縄戦からの再生じゃないですけれど、無人の風景から始まって、動物、草、木と、そういうものがだんだんと出てきて、最終的には非常に人工的な風景に向かっていく。
人工的といえば、戦跡を歩いたことのある人は大抵ひめゆりの塔を見ていると思いますが、資料館の隣に無料駐車場があったり、「Tシャツつくります」みたいなことが書いてあったりしますよね。国際通りならわかりますけど、ああいう場所にそのような風景があるのはやっぱりちょっと不思議な感じがします。戦争を風化させないという思いから施設をつくっているはずなのに、戦争を経験してない世代や関係ない人が潤っているのが不思議でしたね。でも、そこで花を売っているおばあが出ていたと思いますが、あのおばあは実際に戦争を体験しているんですね。そういうコントラストを意識していました。あとは、駐車場を警備してるおじさんが「君は何の写真を撮ってるの」って聞いてきて……。
佐々木:この映像は使いませんみたいな受け答えがありましたよね。ばっちり上映されてますけど(笑)。
比嘉:正確には「何かに載せるんですか」って聞かれたので「載せないですよ」って。
佐々木:掲載はしないけど映写はするという(笑)。
比嘉:そうそう、載せはしないです(笑)。でもその後で「宣伝してくれるんだったら良いけど」みたいなやりとりがあったりして。
少しまとめると、風景を撮る上では、なるべくそこに自分の手を加えないほうが真摯な態度だと思うんです。溝口健二が「撮影の邪魔だから電柱を切れ」と言ったみたいな暴力性は、風景に対して何か悪いことをしているのではないかと。けれども人に対しては、風景と同じように撮るほうがむしろ失礼というか、隠し撮りではないけれど許可をとらずに撮るようなやり方は超冷たいといったことを考えていましたね。

制作体制とカメラワーク

佐々木:昨日のトークでは、原さんから植物的なものとして風景を考えるというお話があったのですが、『大魂込み』はまさに植物的な風景を記録した作品だと感じました。先ほど比嘉さんは射抜くものとしてのカメラを意識したと仰いましたが、一方で『大魂込み』には受動的な印象もある。自分から動いて獲物を捕りに行くのではなく、フィックスのフレームの中に余所者や予期せぬものが入ってきたり出ていったりしますよね。それが、一度根づいたら移動できない植物が風を受けたり、人間がやって来てその地を踏みしめて行ったりするイメージと重なって見えたんです。そんなことを考えていたら、ちょうど「死者の上を歩いて生きている」というナレーションが入ってきたので、おおっ!となりました。
比嘉:確かにフィックスで長時間ファインダーを覗いているほうが、移動撮影をしている時よりもフレームインしてくる物体やフレームアウトしてくる物体を強く意識しますよね。その感覚がまさに、マブイを風景からすくうとか、吸引するということなんだと思います。
MAORI:撮影はすべてご自分でなさるんですか?
比嘉:そうですね、全部自分でやります。ただし『沖縄/大和』では、自分が映ってる場面だけ近くにいる人に渡して撮ってもらっています。やっぱり作品の中で自意識に返っていくのも、自分でカメラを回していたことが大きいかなと思いますね。集団作業としての映画を撮るとどうなるか、どんなものができるのかはわからないですけど。
MAORI:撮影だけでなく、スタッフも基本的にご自分だけですか?
比嘉:一人ですね、ほとんど。最近はお母さんに三脚持たせたりもしましたけど(笑)。お母さんは『沖縄/大和』にも出ていましたよ。テレビにヤギのフグイ(睾丸)が映って怖がってたり、「耳切坊主」という民謡について「子供をあやす歌なのに、なぜ泣いたら耳を切るよみたいな脅迫めいた歌詞なの? これ、戦争と関係あるよ」みたいなことを言っていたお母さん。
MAORI:お母様が手伝ってくださるのですね。歌は、幼いころにお母様が歌ってくださった子守歌ですか?
比嘉:僕には歌ってなかったですけど、僕の父ちゃんや母ちゃんが上の世代に歌ってもらっていたものです。今は歌わないですね。
MAORI:そうですか。では、ご自身の原体験において懐かしかったからインタビューをしたのではなく、戦争という切り口でルーツを辿ったということですね。……大和には「耳なし芳一」の民話がありますが、それと何となく似ているような気がしましたが。
比嘉:モチーフになっていたりするのかな。「耳切坊主」の歌詞に出てくる大村御殿は首里にある御殿なんですけど、そこは寺も近い場所だから、何かつながりがあるのかもしれないですね。
原:『大魂込み』はすごく良かったですよね。『大和/沖縄』もうまく社会派に行かないようにしていてバランスがとれているなと思いました。ちょっと実習的だけど、映画のことをよくわかっているというか。達見しているのかもしれないけども。
『大魂込み』では、花屋が出てきてからお墓参りするところのフレーミングがすごく良かった。お参りする人だけ映して、切り返しをしなくても、その向こう側が表象できるんだよね。そういう意味じゃ、僕はアンゲロプロス的だなと思ったんです。
比嘉:花のところはちゃんとしたフレーミングを意識しているんですけれど、実はお参りのところは風景を撮るように人を撮っているんです。かなり近づいて撮っているので、フレームから切れたりもするじゃないですか。
原:切れてもまたちゃんとフレームの中に入ってくる。それを待ってるじゃない。
比嘉:そうですね。そういうフレームイン・アウトの運動は意識して編集で残しています。
原:その辺をアンゲロプロスはやっているんですよね。『沖縄/大和』もカメラワークがすごくうまかった。比嘉君のカメラは、動かしてもまたきちっと止まるんだよね。非常にうまい。

『沖縄/大和』制作の経緯

佐々木:『沖縄/大和』の話が出ましたので、こちらの作品ついても制作の動機や経緯などをお聞かせいただけますか。
比嘉:『沖縄/大和』は僕の卒業制作です。撮影を始めたのは大学三年からで、最初の段階では沖縄で撮ることしか決まってなかったです。でもいざ沖縄で撮りますとなった時に、僕はその時東京の大学に居たから、東京にしか撮影する仲間がいなかったんですよ。彼らを沖縄に連れていくお金もなかったから、じゃあ一人で撮れる方法が良い、ドキュメンタリーにしようと決めたんです。
それで沖縄に行ったんですけど、最初にカメラを向ける人も決まってくるというか、僕は何のコネもないので友人や家族だけなんですね。友人と家族を三ヶ月ぐらい撮って東京に帰ってきて、映像素材を見て「あ、これは全然おもしろくない。駄目だ」と。最初に30時間ぐらいのラッシュを見た時は、これは映画になるはずがないという印象だったんです。でも卒業制作の中間発表が迫っているから、何としてでも見せられるものにしようと考えていく中で、おもしろいなと思ったのが人格のスイッチングです。本土、内地、大和という言い方をしますけど、要するに沖縄以外のみんなを意識した人格がある。別に誰に頼まれたわけでもないのに、内地の人にわかるように喋らなければいけないみたいな意識を勝手に形成していくんです。
ドキュメンタリーには「リアルを撮る」とか「素を撮る」といったイメージがあるかもしれないけど、そういった対内地用の振る舞いもある意味リアルですよね。でもそこには、何かいびつな虚構を帯びた身体というか肉声みたいなものがある。それで、内地と沖縄の関係性をテーマにしたらおもしろいんじゃないかと思って、「心的ライン」というテーマで撮影を再スタートしたんです。
『沖縄/大和』は誰が主人公なのかよくわからない映画ですけど、その中でももっとも中心にいるのが里穂ちゃんという女性です。僕の同級生なんですけど、彼女が一番強い明確なラインを持っていたので、その根本には何があるのか追求していこうと思って取材したんですよ。そしたら、彼女のラインを形成している原因として、幼いころの記憶があったんです。両親や親戚に米軍基地反対のデモに連れていかれて、看板を持たされて、テレビに写されて。子供が来ていると「みんなが反対運動に来ている」感が出るから、取材の格好の対象になるんですよ。その当時はまったく意味もわからないまま、ただみんなが怒っている光景や抗議している光景を見たり、その横を観光客の「わ」ナンバーのレンタカーが楽しそうに通り過ぎて行くのを見たりした。そういう幼いころの経験が、「本当の自分たちを見られてない」感じというか、彼女が心的ラインの感覚を持った要因なんです。基地の問題がとても密接に結びついていたんですね。
僕はそれまで、基地に関して人に話を聞いたことなんてないし、正直言って興味もなかったんですよ。だからその時に初めて、対象の枠を広げて基地の取材もしようと。そうやって紆余曲折した映像をまとめた結果、今の『沖縄/大和』のかたちになりました。
MAORI:なぜか映画は、よく料理に例えられるのですが、今回初めて『沖縄/大和』を拝見して、沖縄のチャンプルーを想起しました。比嘉さんが目撃してしまったいろんな素材があって、それぞれが交差するだけのタイムライン、異なる風景、異なる人々の生活を持っていて、それらを、がーーーーっとかきまぜていく。カチャーシーというのか、そういうドキュメンタリーになっているのが、すごくおもしろいなと思いましたね。
佐々木:それぞれのタイムラインの関係性や距離感が絶妙ですよね。関係は持っているんだけれども直接的ではなくて、一歩間違えるとばらばらになってしまうぎりぎりのところを狙って、見終わってみるとすべては必要だったと感じられる作品になっている。これはやっぱり事前に計画を立ててつくれるものではないですよね。編集の中で考えていくしかない。
比嘉:そうですね、とにかく素材を見る作業が一番長かったと思うんですね。ただごちゃまぜにすることをモンタージュの根幹にするのではなく、無作為に羅列して置かれているように見える映像が、実は撮影していく上での心の変動に沿って並べられているとか、そういう編集は強く意識していました。撮影日誌などを読みながら、かなり映像の順番は選んでモンタージュしていきましたね。

里穂さんの転居

佐々木:『沖縄/大和』の話をする上で基本情報として押さえておきたいことがいくつかありまして、一つは、終盤に里穂さんが引っ越し先の部屋でインタビューを受けていますが、その場所はどこだったのでしょうか。
比嘉:里穂が最後にいたところは新潟です。彼女は沖縄でけっこう自由に生きてきて、でも自由に生きられるような年齢でもなくなって、武者修行的な感じもちょっとあったと思うんですけど。あの時、映画のテーマである沖縄と大和の間で揺れている里穂ちゃんが見えたと思うんですけど、同時に個と社会の間でも揺れている感じがあったんですね。というのは、沖縄にいる時の彼女は独り立ちしていない状態というか、家族のもとで暮らしているから、他者とがんばってコミュニケーションをとらなくても生きていける安心感の中で生活していたと思うんです。沖縄は横のつながりがあるので、やっぱり助けてもらって生きてきたと思うんですよね。それが急に内地に来て、社会的に振る舞うための術を獲得しないといけないという苦しさやがんばりを同時に感じている時だったと思うんですね。だから、沖縄で過ごしていた時の映像を見れば見るほど今の自分を意識して、インタビューで言葉に詰まるようなことがあったと思うんです。

両陣営の衝突と「撮られること」への意識

佐々木:もう一つお聞きしたいのは、中盤に排水溝破壊事件の話が出てきましたよね。関係する人物が入り乱れて少々複雑でしたので、事件のあらましやその後の経過について、ご存じの範囲でご説明していただけますか?
比嘉:排水溝の事件については、ゲート前での撮影のことと合わせて話すのが良いかと思います。最初に基地の取材を始めた時は右も左もわかんない状態で、それこそ風景を撮るみたいに、最初は許可をとらずにやっていたんです。そしたらやっぱりすごく警戒されたり、怒られたりすることもあったんですよね。抗議をしに来ているおじいたちが本当に多くて、この曜日しか来られないという人もいたから、全員と顔見知りになれないんですよ。だから初めて会う人に「お前なんで撮ってるんだ」と言われたり、基地賛成派の人じゃないかと言われることもあった。
反応としておもしろかったのは、一方におじいやおばあたちが抗議をしている光景があって、道路を挟んでもう一方の側では、アメリカに手を振って友好を示そうとしている人たちの光景が急に現れるんですが、そっちの人たちはまったくカメラを拒まないんです。拒む人とは一回も会わなかった。やっぱり沖縄で覇権を握っているメディアの中では、ああやってアメリカに手を振ってる光景は絶対に取り上げられないんですよね。だからカメラに撮られる欲求が非常にあるなと感じたんです。
ただ、ラストシーンにあった基地反対派とのぶつかり合いは、ふだん僕がカメラを回している時は決して見せなかったんですよ。昼も夜も毎日のように通って撮っていたんですけど、ずっと冷戦状態が続いている感じでした。でも僕がいない時には、けっこうああいう言い合いがあったみたいなんです。
それである日、おじいやおばあが抗議をしている坂の下のほうに警察が来て、現場検証をしていたんですね。何があったんですかと聞いたら、おじいたちが抗議で使っている、旗を立てるブロックが全部割られて、しかもそれが排水溝に投げ込まれていたと。壊されただけでも嫌ですけど、排水溝が塞がれているから、特に大雨の日には相当危ないです。それで、お互いが因縁をつけて「お前たちがやったんだろう」みたいに言い合っていたんですけど、カメラの前ではやらないので、表象不可能な場面だったんですよ。僕も犯人捜しをしたいわけではないので、誰かに「あんたが壊したんですか」と言うようなことはしなかったですけど。
それで、そこからラストシーンの衝突にどうつながるのか説明しますと、「フェンスクリーンプロジェクト」をしている方にインタビューをしていましたよね。僕が東京に戻る三日前ぐらいにあの方から電話があって、彼がやっているラジオ番組に呼ばれたんですよ。そのラジオは基地反対派の悪口というか、「今日も基地のフェンスの前で元気に働いてますか」みたいな感じで茶化す番組を放送していました。僕は「出て喋っても良いけど、その代わりに撮影させてください」と言って、撮影をしつつコメントを求められたら喋るということをやったんです。その収録が終わった後に「明日の朝四時にゲート前に来たらおもしろいものを見せるよ」って言われて、行ってみたらあの衝突があったんです。
佐々木:自分から見せようとしたんですね。
比嘉:そういうことです。だから、争いを撮っていて「撮るな」と言ってきたのは一人だけした。それ以外の人はむしろ「見せてやる」みたいな気持ちがあったんじゃないかと思います。その一方で、抗議をしているおじいやおばあたちもまた、自分たちが若者にやられている場面を見せたいという気持ちがあったと思うんですよ。両方ともはっきりとカメラに撮られることを意識していて、そういうことを明かすと「全然リアルなんて撮れてないじゃん」とがっかりされることもあるんですけど、でも僕としては、多層の鎧をまとっている状態の人にカメラを向けているという気持ちでした。
原:ネット右翼みたいな感じなの? あの人たちは。
比嘉:そうですね。ただ、ネット右翼というとネット上が活動の場で、実態というか肉体を持っていないイメージがありますが、彼らは活動のためのツールとしてネットを使っていますね。FacebookとかTwitterとかが多かった。
原:ある意味では、ネットが普及したからこそ出てきた人たちということですね。
佐々木:彼らが基地反対派を論破しようとするシーンには衝撃を受けました。まさに原さんがご指摘したようにネット的な語り口で、一方では自分たちの言説がメディアでどのように流通するかをすごく意識して喋ったり、振る舞っていたりするんですよね。しかし他方では、こんなに怖い顔は今まで見たことがないというぐらい怖い顔をしていて、そこに限っては、メディアを意識できているとは思えない無防備さがある。これまではネット上の文字列としてだけ見えていたものが、沖縄をめぐる問題の中で突然具体的な肉体を持って現れたというような驚きがありました。この映画はもしかしたら、沖縄の歴史や日本の歴史の転換点に立ち会っているのかもしれないと。

撮るものと撮られるもののライン

比嘉:この映画はやっぱり「ライン」についての映画で、いろんな場面でずっとラインが出てきてたと思うんですよ。道路のライン、道路を挟んで対峙しているという意味のライン。反対と賛成、善と悪、あとは男女のラインや世代間のラインもあります。でも、最終的に僕がもっともラインを感じたのは、カメラを向けている自分はどうやっても向けられる側にはなれないという隔たりでした。だからこの映画は、被写体との間にある境界をなるべく意識できるようにつくりました。客観性や報道性を意識したドキュメンタリーでは、あんなにインタビュアーが喋っているところを残さないと思います。見る人がカメラの後ろ側を意識するような編集にしたんです。
佐々木:一見すると沖縄で自分が見たものを素直に並べているような印象ですが、丁寧に見ていくと実はかなり緻密な構成がありますよね。先にもお話ししたように、僕は米軍友好派の人たちの表情がものすごく怖いと感じて、どうしても反対派の方に肩入れして見てしまうのですが、必ずしも実際の現場がそういう場所だったとは限らなくて、比嘉さんがそのように誘導させる仕掛けをつくっているのかもしれない。初見では中立的というか両論併記的にも見えたのですが、実はそうでもないぞと。
比嘉:そうですね。この映画では賛成の人も反対の人も両方を撮っているので、中立的だというコメントをもらうことがあるんですけど、そうは見せないようにしているのになと思うことがけっこうあるんですよ。フレームの中にある情報だけを追っていたら意識できないかもしれませんが、フレームの外でカメラを回している者がどういう意識でいるのかを考えたら、ラストのシーンなんて決定的にカメラが反対派のための「盾」になっていますよね。カメラをラインにして、おじいたちのほうはあんまり撮ってないんですよね。その場では意識してなかったんですけど、後で映像を見て学ぶんです。自分はカメラを持って何をしようとしていたのかを、撮ってきた映像を見て学ぶんですよね。それで、その精神性に合わせて編集をしていったんです。
カメラワークって本当に撮る人の意識を表しているなと思います。以前もらった感想で、インタビューをしている相手と意見が合わないところほどズームアウトをよく使っていると言われたことがあるんです。「あれは気持ちが離れていくのを表現しているんでしょ」と聞かれて、「いやいや、そこまで意識してないです」と。でも、やっぱりカメラの運動と撮影者の心的な状態は往々にしてリンクするというか、『沖縄/大和』はそういうことを発見する作業でしたね。
原:集団に引きずられると一種の社会派になっちゃうんだけど、比嘉君の場合は、ちゃんと自分がここにいましたよ、ここにカメラを向けていましたよという記録になっているから良いんですよ。それがちゃんとできてる。「あ、飛行機かな」と思ったら鳥がばっと飛んでいくところとかね、そういうショットの入れ方もすごく良いし、最初のおばあさんの歌も良かったな。
比嘉:安富祖ミツさんですか。良いですよね、今はもう102歳ですよ。
原:すごくうまかったよね。あの人。あそこに沖縄の風景が出てきても良かったかなと思う。きれいな沖縄の風景をインサートしても良かったかなと思うんだけどね。
比嘉:撮影する時、曇りばっかりなんですよ。そこもアンゲロプロス的かもしれないですね(笑)。

新作について

佐々木:それでは最後に、新作の制作予定などがあればお願いします。
比嘉:『沖縄/大和』の中で、お父さんとおばあちゃんは会話ができるけど、孫とおばあちゃんはお父さんの通訳を介さないと会話ができないというようなシーンがありましたよね。三世代で意思の疎通がとれないというか、話がまったくかみ合ってないんですよ。あの場面が一つのきっかけだったんですけど、次の映画のテーマは「ウチナーグチ」です。沖縄の言葉。島言葉とも呼ばれています。
2006年以降ですかね、島言葉を残すためのいろんな動きが出てきていて、でもそれが一口に良いと言えるものでもなくて、もやもやっとすることがいっぱいあるんですね。そういうものをテーマにするから、またもやもやっとするドキュメンタリーになるというと、ちょっと語弊があるかもしれないですけど。
完成した映画のイメージはけっこう頭の中にできていて、『丘の一本松』という琉球芝居をベースにして、三年間ドキュメンタリーで撮った映像を芝居・演劇と組み合わせて、再構成して映画にするという内容です。
原:アンゲロプロスの『旅芸人の記録』なんかを意識した?
比嘉:ああ、『旅芸人の記録』はあるでしょうね。芝居を映像の中に取り入れるという時点で、町に芝居役者がやって来るという場面はもう考えていたので。エミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』の最初のシーンじゃないですけど、歩きながら芝居をするとか、歌うとか、芝居が舞台だけに限られたものじゃなくて移動するのがおもしろいなと思っています。また、沖縄で芝居や役者、劇団を描いたフィクションということを考えたら、やっぱり連鎖劇がありますね。ドキュメンタリーが芝居につながって、芝居が映画につながるという意味での「移動」ということも考えているので、新作は『大魂込み』のようなフィックスした世界観ではない感じがします。
佐々木:完成を楽しみにしています。それではそろそろ時間がきましたので、この辺りで終わりたいと思います。本日はご来場ありがとうございました。